九 まとめ


 ここまでの内容で、だいたい「言っておきたいこと」は書いたつもりです。そして「大和整体は感覚的な要素が強い療法」であることも伝わったと思います。ただしこれはあくまで「私が伝えることのできる大和整体」であり、実際に「師が見ていたもの」と「私が見ているもの」には、技量の高低以前に大きな違いがあると思います。

 

 そもそも扱う対象が物質であれ非物質であれ、昔からの一子相伝の技術体系ではそれを「幼い頃から習わせる」のが基本であったようです。武術であれば「三才から」というのは常識だったようですし、大和整体の師であった堀江糾医師は「小学校の頃には父の代わりに往診をしていた」と話していました。一般的な常識・感覚が身に付いてしまう前、つまり物心がつくと同時に、こうした「技術」を習得させてしまうのです(幼いうちに染め上げてしまう)。「手で対話する」という感覚を幼い頃に手に入れ、そうした感覚でしか人の体を捉えたことがない師が、体に対して何をどう感じていたのかは私には想像できません。それこそ「一子相伝によってしか見ることのできない景色」を見ていたのだと思います。そしてここでの説明は、先の「物質・非物質」という区分のうち「物質=体術」に限ったものですが、師自身はもう一方の「非物質」の側も扱えていたように思います(当時の私には分かりかねる領域でした)。

 

 私からすれば「一子相伝という環境」は「才能」よりも上なのだと思います。私たちが「難しい」と思うことでも、当人からしてみれば「それしか知らない=当然」なわけで、それは言ってみれば、濁りのない「純血種」のようなものです。そうした人の「完成度の高さ」と比べれば、成人してからそれらを習う私たちがいくら努力を重ねても、とても及ぶものではありません。当然それを引き継いだ私も、その一部を不完全に継いでいるに過ぎません。とはいえ、それを私が後ろ向きに感じているというわけでもありません。大切なのは「何を引き継ぎ・残すか」です。

 

 これまで書いてきたように、私の解釈では古い療術(何らかの技術体系)というのは、もともとは「物質と非物質の混在」で成り立っていたのだと思います(昔は双方の境界そのものが曖昧であったため)。しかし現代人の感覚で入りやすいのは「物質側」であり、「非物質側」を扱うには「相応の才」が必要と捉えられています。よって私はこれらを習得するなら「物質=体術→非物質」が適すると考えます。そして「非物質」の部分は、無知な私などが語らずとも、詳しい専門の方々がおられます。まずは土台となる体づくりさえできれば、非物質の部分はそうした方々に教わればいいわけで、そこは私の担当分野でないと考えています。才ある方なら、そうして双方=すべてを手にすることも可能でしょう。しかし現実に消えかかっているのはその入り口たる「物質=体術」なわけで、これを残すことには大きな意義があるのだと思います。そしてそれを実践している身としては、そこに「体術だけで十分(お腹いっぱい)」という思いもあります。

 

 療術でも武術でもその行き着く先、つまり「その完成形」があるとしても、それはひとつではないと思います。どんな技術体系もその人の「個」に由来する限りは「その人なりの完成形」となります。そしてそうした技術を次代に残す時、それを「完全な形で継ぐ」ことも難しいのだと思います。これは武術の師の受け売りですが、技術の継承というのは大抵「六分」程度となるそうです。ある優れた才によって「ある技術体系が完成した」として、それを次代の者が継げるのは全体の六分程度なのだそうです。「稀代の天才が生み出した技術」を次の代が受け継ぐのですから、妥当な数字だと思います。そして次の代でまた「六分」となり、どんなに優れた技術体系も次第に薄まっていくのだそうです。ただ、その過程で「不足分を補ってしまう天才」が現れることがあれば、そこで多少の相違はあっても「完成形」となり、また続いていくのだそうです。そして私の役割は大和整体、その「六分(主に体術)」を伝え残すことだと思います。

 

 私の考える大和医学・大和整体というのは「知識・技術の集大成」というよりは「古(いにしえ)の思想」なのだと思います。「個の特異性を重んじる(個を感覚で捉える)」「体自身に治させる」「八分を良しとして六分を最良とす」「自然に沿って治す」などなど。こうした考え方=理念が先であり、そこに必要もしくは適した技術を用いることで「大和医学・大和整体という療法」が成立します。ただそうした思想(理念)も、頭で理解することに意味はありません。それが「経験医学」である以上、経験の中でしか掴み得ないものです(実際にやってみるとどれも非常に難しいものです)。しかしそれらを掴むことができれば、そこから技術を広げていくことも可能となります。

 

 昔に成立した技術体系を「正しく理解」するために必要なのは、昔の人の感覚を理解することだと思います。昔に読んだ歴史の本に「歴史を正しく理解するには、当時の人たちの生活の中に自分を置き(想像し)、同じ目線に立たねばならない」とありました(文章はウロ覚えですが)。簡単には「外から見て分かった気になってはいけない」といった意味の言葉です。幸い大和整体には、現代人には異質と思える「体を繊維で捉える」という考え方があります。現代医学の知識は忘れ、実際に「体を繊維で扱う」ということに没頭していると、その中でこそ見えてくるものがあり、時折「昔の人は体をこんな風に捉えていたのかな?」と思わされる時があります。昔の人の「技術に寄り沿う」のではなく「視点に寄り沿う」といったところです。そうした視点さえ伝えることができれば、例えその内容が「六分」であっても大和整体の核心は伝えることができるのだと思うのです。

 

 「昔に成立した技術体系」というのは大抵、多くの人に「残すべき」と敬われると同時に、現代人の感覚から否定されるものでもあります。武術などで言えば、昔の武術の型稽古などは「実践では役に立たない」などと否定されがちです。私などはそうした「昔の人の知恵」といった類が好きなのですが、それを否定する人の気持ちも分かります。ただ、それらの価値を決めるのはあくまで「個人」であり、そこに共通の正解は必要ありません。それを「役立つ」と感じる人にとってのみ価値があればいいのです。そうした意味では、私がすべきことは「大和整体の価値を高める」ことではなく、「ただ残す」こととなります。

 

 実際に私がそれらを残すのは、こうした文面ではなく「直接の指導の場」です。しかしここに書いた内容から、その一部でも「役立つ」と思って貰えることがあれば、それだけで残した価値はあると思いますし、そうした繋がりがいつか「大和整体を必要とする誰か(大和整体が必要とする誰か)」へと届いてくれれば良いのだと考えています。そして、ここに書いた内容を通して誰かに「大和整体という療法はちょっと楽しそうだ」と思って貰えたなら、それで私の目的は果たせたのだと思います。