四 療術の起源について


 ここから話を大和整体に移しますが、それには少し遠回りな説明を済ませておかねばなりません。大和医学を構成する「用食」「用薬」「用体」「用具」の四種は、「食と薬」「体と具」に分けて考えるべきものです。食と薬というのは、それまで野にあった多くの知恵をかき集め、それらを長い年月かけて精査したものです。対して「体を使う・道具を使う」という場合には、「昔の人の体の使い方(それを前提とした道具の使い方)」という要素を避けて通ることができません。昔から体を使って特殊なことができる「偉人・達人」というのはいたわけで、体を用いる大和整体にもそうした要素が絡んでくるからです。

 

 師の「本気の施術」を受けた人は少ないと思います。私が指導を受けてから亡くなるまでの間でそれを受けたのも、恐らく私一人ではないかと思います。師は「医師」でしたので、病院で他の医師と同様に「現代医学に沿った医療行為」を行っていたのだそうです。その時点でほぼ大和整体の出番はないのですが、加えて交通事故によって右上半身があまり動かせない状態でした。事故で右肋骨の殆どが折れて治らない状態となってしまい、無理に動けば肋骨が内臓に刺さりかねない状態です。そのため長い時間の施術を行うことが難しい体でした。その師が、無理を押して一度だけ私に施術をして下さったのですが、その中身は私にとって「奇跡的な施術」と思えるものでした。

 

 それは一言で言えば「ここまで人の体と手指が正確無比に動くのか」と思わされるものです。明らかに私たちの知る「体の使い方」とは異なるものです。私はその体の使い方(体術)を教わりたかったのですが、残念ながら師は「天才=長嶋さんタイプ」でした。というより、幼い頃から親に仕込まれているので、物心ついた頃にはもうできるようになっていたのでしょう。だから師にはそうした体の使い方も「当たり前」であり、理論化・言語化する術を持たなかったようです。私は仕方なく、師の体の使い方を自分なりに「詳細に分解整理」することで理解・習得しようと試みました。

 

 長年かけて自分なりに「大体こうだろう」という体の使い方には辿り着いたのですが、師が亡くなるとそれが正しいのかの確認もできません。そこで私が求めたのは「昔の人の体の使い方がどこかに残っていないか」ということです。結果的に、運良くそうした師に巡り会うことはできたのですが、その過程で分かったことは、そうした体の使い方の起源が思っていたよりずっと古いものであったことです。

 

 日本という国では、優れた力・能力を発揮するいわゆる「特別な力を持つ人々」の起源を追うことは簡単です。必ずそれらすべては一人の名前に帰結するからです(名前は書きませんが少し調べればすぐに分かると思います)。その人が実在したかどうかは置いておくことにして、そうしたすべての「力」は、その始祖から始まったと考えられています。この考えに習うなら、その人が有していたのは「人の意識や体の能力を最大限引き出す法」といったところでしょう。いわゆる「仙人や修験道の行者」などと考えて貰って構いません。昔から特別な力を使うことのできた偉人や達人というのは皆、そうした流れを汲むことで成立しているのだと思います(誰かに教わるなり自分で気付くなり)。

 

 そうした力=能力は、自分の「体=物質」を扱うものと、「意識=非物質」を扱うものに分けて考えることができます。体と意識について、私たち現代人には理解しにくい「潜在能力を引き出す方法」といったところです。例えば、「体=物質」の側でそうした能力を引き出すことができれば、それを「他人の体」にも作用させることができるようになります。これが分かりやすいのが「武術」です。「意識=非物質」の側は、最近では「エネルギー系」という概念が一般化しているので、そこに置き換えて貰えば分かりやすいと思います。どちらもうまく扱えるようになることで、通常の人が用い得ない不思議な力が発揮できるというわけです。この二つを昔からの日本的な表現に置き換えるなら、物質側が「体術」、非物質=意識の側が「霊術」などとなるでしょうか。

 

 最初はこれらに区分はなく、「すべてはひとつ」だったのだと思います。物質と非物質、昔はこの双方の垣根(境界の意識)がいまよりずっと低く、「物質の変化が意識へ」「意識の変化が物質へ」と、相互の干渉が日常的に起こっていたのでしょう。そして修験道など、宗教的な要素を踏まえて特殊な鍛錬を積んだ人は、そうして「特別な力」を発揮していたのだと思います。ただそうした鍛錬も、大抵は「幼い頃から親に叩き込まれる」など、幼少期からの絶え間ない鍛錬が前提だったようです。仮に大人がそれを手にしようとしても、余程の才に恵まれるでもなければ難しかったことでしょう。

 

 長い時間を経て、次第に「物質と非物質の垣根」が高くなり(両者は別のモノと捉えられるようになり)、また「幼い頃から親から」ではなく、私たちのように「ある程度の年齢になってから学ぶ」ということが増えていく中では、次第にその「ひとつ=すべて」を得ることは難しくなります。そうした状況の中、「物質の扱い」「意識の扱い」のいずれかを学ぶという「分離(二分化)」が起こるのは自然なことで、現在ではそれが当然となっているのだと思います。

 

 ただ、この二つに「序列」を設けるとすれば、それは技術の高度さで言えば「物質<非物質」となり、習得の順序でいえば「物質>非物質」となるのだと思います。これには「現代人の感覚」という背景もあるのでしょうが、「体を扱う」というのは誰しも敷居が低く、「意識を扱う」となるとその敷居が高く感じる筈です。ただ、「非物質を扱う」というのは非常に幅広い領域を扱うものであり、それを正しく実践するには「それに耐えられるだけの強い肉体」が不可欠となります。そうなると、まずは「土台」たる体をうまく扱う(物質操作の基本)ことで強い体を作り、その体を土台として「非物質の領域」を扱うというのが順当な考え方なのだと思います(これなら才なき人でも体が使えるようになれば非物質への道が開ける)。そして私は、師の独特な体の使い方は、こうした「物質=体術」に起源を発するものであると考え、探求を続けてきました。

 

 この辺りの話は、先代以外に、同様の「昔の人が用いた力」を継ぐ方々に、私が運良く師事できたことで辿り着いたたどり着いたものなので、それほど見当外れな話ではないと思います。大和医学が発生した年代を考えると、そうした「体術」の要素が当然の如く組み込まれていても不思議はありませんし、昔から残る(名前のない)「体術」の基本部分は、堀江先生の施術から私が「詳細に分解整理したもの」と多くが酷似しています。ただ、ここで勘違いして欲しくないのは、大和整体が目指すのは「昔の体術の実施(再現)」ではないということです。その要素を多分に含みはしますが、それが「役立つ」というだけで、そうした体術の完成自体を目的とするものではないのです(「そうした体術ができなければ大和整体もできない」ではない)。