引き剥がす手技 1

 

 内臓の引き連れを引き剥がす手技で重要となるのは速度とリズムです。強い力を用いようとすれば、その分だけ腹部表層の筋群に強い緊張(抵抗)が起こるので、なおさら内臓を扱うことができなくなります(強い力を使ってよいのは対象となる組織を確実に捕まえてからです)。まずは引き剥がす対象を捕まえるまでは、不要な緊張を引き起こす要因となることは避けなければなりません。内臓を触れる時は、迷わず一定の速度で「スッ」と触れる。迷いや僅かな速度の変化も内臓には緊張すべき理由となります。触れた後に手指を動かす時は、「触れた時の一定の速度」を基準として、あまりリズムを変化させてはいけません。その限られた範囲の中で「引き連れ」の抵抗を見つけていきます。強さ・方向・深さ・粘度(張力)などを確認し、その対象に適切な力の量と方向・速度を設定します。

 

 その上で、内臓を動かすには「引っ掛ける」という感覚が大切となります。内臓のある一点を、手指のある一点で確実に捕まえておき、その位置関係を一切崩さずに施術を行います。この感覚は、施術に伴う「内臓の動き=手指の動き」を受け手の脳に正確に伝えるために必要な作業です。内臓の引き連れをただ力技で引き剥がしても、それでは内臓が一時的に緩くなるだけで機能の活性化には繋がりません。まず重要なのは「引き連れていることを認識させること」です。内臓の引き連れというのは、たいていが無自覚なのもので、無自覚であるが故にその状態を改善しようとする働きが起こりません。これを手技を通じて詳細に自覚させることは、その一帯の神経の働きを活性化し、本来は鈍くなっている種々の反応を強める意味があります。この状態を保ったまま引き連れを剥がそうとすれば、その一帯には活性化に適した「適度の緊張状態」が生まれ、剥がした側(そば)から(組織が動けるようになった側から)機能が回復していきます。すぐ隣り合う組織が活性化することで、残りの部分も剥がれやすくなるのです。

 

 ただし、それには神経の活性化の程度、神経の回復の速度、脳の認識の程度の全てを把握しながら、適した速度とリズムで施術を行わなければいけません。簡単に言えば、脳が施術による変化を学習しやすいように行うということです。引き連れの一部を剥がしたら、その剥がしたことを脳に正確に認識させる。すると脳はその部位を活性化させようとするので、そのタイミングを見計らって次へ進みます。こうして施術を進めていくと、引き剥がした側から組織が活性化し、当該の臓器が自由になった時点で自らその機能を正常化しようとします(多少の誘導は必要ですが)。内臓ほどこうした脳の認識が重要な意味を持つ対象はありません。技術の向上よりも、こうした感覚に熟知していくことで内臓の扱いはうまくなっていくものです。これは「体を生き物として扱う感覚」の基本のようなもので、運動器を扱う時には感じることの難しい感覚でもあります。