体の位置情報

 

ここで最初の「筋肉の過剰な緊張」に話を戻しますが、やはりこうした体を作る入り口は、筋肉の張力調整にあります。これまでも少し触れましたが、体の内部で生じている種々の機能異常というのは眼に見えませんし、触れて感じることも難しいものです。しかしそうした以上は必ず表面の筋肉に現れているものです。そして表面の筋肉は深部の機能と直結しているので、筋肉の張力を正常化することで内部の問題が解消されやすくなります。

 

と仮にこの「乱れた感覚」というのは、一言でいえば「感覚の混在」です。体にはいろんな組織が混在していますが、本来はそれらを全て個別に感じ取り、分類・整理ができているものです。しかし「感覚の混在」が起こると、それらの組織を「ごちゃまぜ」にして感じているようなもので、骨や筋肉、内臓の正しい位置すら分からなくなります。この場合、それらの感覚を一度明確に分離して、体自身に再確認させる必要があります。

 

 体が正しく機能するための基本は「脳が骨の位置を正しく認識していること」です。体がその形を正しく保ち、機能するためには体の中で唯一の硬組織である「骨の位置」を正しく認識することが最優先となります。本来、唯一の硬組織で私たちが「自分の体を感じる」という上でもっとも実感の強い「骨組織」を失認(ロスト)するというのは考えにくいことですが、「乱れた感覚」にある人ではたいてい起こっていることです。その機序としては、まずある部位で機能低下が起こったとして、その部位一帯では強い緊張の持続ともに、血液の循環不良が持続するとします。これが一定以上に悪化すると、ある段階で体を支える、もしくは正常に機能させることが難しくなります(無理に動かし続けるには体(脳)への負担が大きすぎる)。こうした場合、脳は無理をしてその部位を動かし続けるよりは、逆にその部位を固めて固定してしまう方が効率がいいと判断します(当該部位を固めてその動きを周囲で補う)。この状態では更に強い緊張と血液の循環不良が持続することになるので、その結果として骨の感覚が徐々に希薄になっていくと、ある段階で「失認」となります。

 

 体のある一部でも骨の位置情報が失認されれば、全身の骨格のバランス自体が崩れてしまうので、結果としてさまざまな機能に障害をきたしやすくなります。ただ、骨の失認というのは意識して探さない限り気付きにくいものなので、見落とされがちな問題です。こうした体に対して骨の位置を正しく再認識させることができれば、体の形が定まり(安定し)、その形に沿って筋肉も内臓も機能することができるようになります。よって体が「乱れた感覚」に陥ってしまった場合は、まずどこでもいいので「骨の感覚」を明確にします。ただし、これは骨そのものに施術を行うこともありますが、基本の段階では「骨の感覚」を乱しているのは「周囲筋の不要な緊張」であるとし、筋肉を主対象としていきます。

 

 骨の位置情報が曖昧になることの恐さは、脳が骨の正確な位置情報を見失うと(失認=ロスト)、その部位では一帯の筋群が緊張によってその部位を守るという単純な防御反応へと変わることにあります。筋肉は骨の正しい位置情報(関節の位置感覚など)を元に状況に応じた伸張・収縮をするようできていますが、この位置情報が曖昧になってしまうと正しい運動を行うことができず、正しく体を支えることができない不安定な状態に陥ります。これを補うために「防御」として一律に緊張をすることで体を固めて守ろうとするのです。こうなると体には常に交感神経の過剰な働きに伴った強い緊張が必須となってしまうので、さまざまな機能に支障が出るようになります。また、こうして起こった緊張は「防御」として必須のものなので、骨の位置を正しく再認識させない限りは消えることはありません。重篤な愁訴や疾病を抱えている人の殆どは、背景にこの問題を抱えているものです。