力の量の調整

 

 施術に於ける手指の力の調整は、全身の動きを以てその力をいったん肘関節に溜め、それを手部の動きを持って必要な分だけ引き出すと説明をしました。ここではその詳細を説明していきます。全身の力を肘に溜めるという作業は、先の「上腕骨の固定」によって初めて成立します。肘関節に集めた力が手部へと漏れずに維持出来るのは、この「上腕骨を固定」のためで、肘関節の圧力に意識を集中し続けることで力が手部へ漏れださないよう制御していきます。この時の肘関節は「水道の蛇口」と同じで、蛇口を捻ることでより多くの力を手部へと伝えることが出来ます。具体的には前腕の回内に伴う「肘を締める動き」を強めた状態が蛇口の締まっている状態で、これを弛めれば肘に溜めた力は手部へと流れていきます。

 

 ただ、ここで注意して欲しいのは、上腕骨までは「体部」に属しているため、その役割は「大きな力を出す」ことにあり、これに対して手部の役割は「その力を繊細な力へと変換する」ことにあります。手部は蛇口を締めた状態で最も理想的に正確かつ繊細に動くようになっており、これを開ければ開けるほどその動きから精度や繊細さは薄れていきます。一般的に「繊細な動き」というのはそこに強い力を必要としないと考えられがちですが、相手が体の場合ではその抵抗や、起こる反応を受け止めながら正確に手指を動かすことまでを考えると、そこに一定の「手指の安定度(強度)」が要求されます。これには安定した土台が必要になるわけで、手指が繊細な動きを行うなら、その土台となる肘関節にも相応の安定が必要となります。この安定が強ければ強いほど、手指はより正確かつ繊細な動きを行うことが出来るようになります。慣れないうちは全身の力を肘に溜めたままで「手指を柔らかく使う」ことは出来ませんが、慣れてくれば可能になります。そしてこの状態であれば、施術が柔らかく繊細な動きであっても、その手指の動きを脳が肘関節を通じて正確に拾うことが出来るので、手指の揺らぎによって生じやすい「体の不安定な反応」を押さえ込むことが出来ます。

 

 施術において常に全身の力を肘に溜めておくというのは無駄が多いことに思われるかもしれませんが、実際にやってみると手指の安定した動きというのは非常に大きな力を必要とするものです(一度手指の安定した動きを実感すると普段の不安定さがよく実感できる)。この時点で相応の力を肘に溜めておくことは必須なのですが、加えて余計に力を溜めておくことは手指の動きに「機能的な余裕」を持たせることになります。これは歌手を例にすれば、大きな声量とともに繊細な表現を得意とする人が、普通の歌手よりも常に口を大きく動かしていることと同じです。「五の力が必要な作業」の時に、五の力を以て行うとそれはその時点の限界に近い力となってしまいますが、始めから十の力を以て行えばそこで五の力は「半分の力」となり、機能的な余裕を以て行うことが出来ます。実際に用いる力より大きな動き・大きな力を用いられる状態から行うことで、その余力を使って動きの精度を高めることが出来るのです。

 

 実際には常に全力を肘に注ぐというわけではなく、目的とする施術でいざという時に必要と思われる上限(それも万が一を考えて余裕を以て設定しておく)の量を設定し、その分の力は常に肘に溜めておくということです。仮にその力の大部分を使わずに施術を終えるとしても、その使わなかった分は土台としての安定度で施術に寄与しているので、無駄になるわけではありません。ちなみに肘に作った蛇口を開け閉めは、受け手の体から影響を受ける「貰う」にも同様に作用します。蛇口を締めていればその影響は肘で止まるので、肘から先程度に受けた影響はすぐに回復します。しかしこれが肘を越えてしまうと、すぐ先には「胸部」があるわけで、胸部が影響を受けてしまえば簡単には回復しません。慣れないうちは蛇口を締めておくことで自分の身を守り、慣れてきたら相手に合わせてその調整をしていきます(「ヤバい」と思った相手には絶対に開かない)。