全解除による正しい位置

 

 体を整えるという時、厳密にいえば施術者が「体の正しい姿(理想の形や位置)」を知らなければ整えることはできません。しかしそうした「正しい姿」にも考え方はいろいろありますし、人それぞれで違いもするので、結果的に「正しいであろう姿」へと体を整えるしかできません。それは「曲がっているものは真っすぐに」といった「相対的」な正しさであるのが普通です。先の「体の正しい姿(というものが仮にあるとして)」が「絶対的な正しい姿」であるのに対して、私たちに施術で可能なのは「相対的な正しい姿」であるといえます。しかし、仮に体自身が望む「自然な状態」という形や位置を知ることができれば、そうした曖昧な正しさの中にも相応の精度を求めることは可能です。その一つの方法が「体の一定範囲の全解除」です。

 

 これは例えば「下腿を含めた足部」を対象に、そこに存在する全ての骨から「ベクトルを消す」という作業です。まず一つの骨を対象に、その骨に関わる全ての関節・全ての筋肉の動きを均一化するとします。これは関節の遊びの程度や動きの速度・抵抗度・粘度、筋肉の張力など、いろんな要素が関わってきますが、単純にはその骨に関する筋肉の張力を全て均一とし、かつ全ての関節の動きが等しくなるまで、あらゆる細部を均一に整えるということです。仮にそうした状態が出来上がると、対象となった骨は全身に張り巡らされている数多のベクトルから解放され、一時的に重さを感じない「浮いているような状態」となります。これを目的とする一帯すべての骨に対して行い、結果的に全体が同じような状態になると、その局部は日常ではあり得ない極めて安定した状態となります。この全身のベクトルから解放された一帯は「本来の自然な状態」に極めて近いものとなるため、限りなく理想的な「相対的な正しい姿」を感覚的に知ることができます。

 

 とはいえ、これは誰に対してでも「時間をかければ出来る」というわけではなく、何人かの人に試していると中にはそうなる人がいるというだけです。もちろん一人のみの感覚では不確かなので、これを数人に実現することで、平均的な正しさが手に入るということです。この状態になった局部の「一番の目安」は、関節の動きに一切のブレが生じないことです。どんな方向に動かしても、その動きは同じ運動中心から安定して動き、その動きの最中は常に関節の遊びが一定に保たれた状態です(関節が本当に安定すると不要な遊びが消えて関節は常に安定して動く)。この状態に入ってしまうと、その局部に対してはもはや何もできることが見つからないので、手を離すしかなくなります(すでに整った部位に触れ続けていると施術者の体の影響で壊れてしまいかねない)。この感覚を数度味わっておくと、足部なら「正しい足部」の感覚がはっきりと持てるようになるので、以後の施術の重要な指標となります。

 

 これは「正しい姿を知っているからこそ何を正すべきか分かる」ということで、そこに至るまでには相当の苦労が伴いますが、これを手にしているか、いないかで以後の施術の精度や効率に雲泥の差が生じます。こうした感覚を全身のどこをどの範囲まで解除すれば得られるのか、というのは経験的に理解することだと思いますが、一般的な施術においては「施術の終点」と言える状況です。術式二は施術の対象を「局部(細部)」と小さくする変わりに、その局部についてこの「終わり」まで行うことを重視します。この終わりは、実際には「施術によって終わる」のではなく、施術の変化に対する脳の反応から起こるものです。その局部に一定の条件が揃うと、脳からの命令で「統合」が起こり、本来施術では到達できない安定状態となります。この「施術者の技量を越えて整った状態」を経験することに意味があるのです(施術者の技量を越えた整い方であるがゆえに信頼性がある)。この状態になると、その局部には「体本来が持つ自然な軸感」が生まれてくるのですが、これを意図的な操作で行うのが「術式五」となります。