「伸び」と自分の体の認識

 

 誰しも自分の体の中で「うまく動かない部位」については、日常でそこをいろいろ動かしてみたりするものです(施術者ならばなおさらだと思います)。しかしいくら頑張って動かしてみたところで、それで動きが改善されることはまずありません。その理由は「自分で行える動きの限界」にあります。誰しも体に「うまく使える部分」と「うまく動かせない部分」があります。そしてうごく動かせないということに関与しているのは「うまく動かせない部分」なわけで、いくら動かせる部分を使っていろんな動きを行ったところで、そうした動きは「うまく動かせない部分」には何ら関係のないものです。これは「意識のないところは動かせない」ということで、私たちの体は自分で思うように動かせているようで、実際は「使えるところ」しか使っていないものです。本来はそこで私たちがそうした問題を施術によって改善すべきなのですが、実際には本人にとって「動かす」という意識の乏しい部位は、そもそも神経連絡が弱い(感覚が鈍い)部位であるため、いくら外から変化を与えたところで、なかなか動かせないものです。

 

 ただ、術式一の体の操法を実践して貰うと、ある段階から自分の体の中で「動かせる部位」と「動かせない部位」が明確に分かるようになってきます。その動かせない部位を動かす意味でも、全身を均一に締める・動かすという感覚は有効なのですが、それだけでは改善に長い時間がかかってしまいます。そこで手っ取り早い改善の方法として「伸び」があります。私たちが朝起きた時に行う「伸び」というのは、それまで眠っていた体に対して、脳が全身の状態を把握するための作業です。全身を均等に伸ばすことで、全身の身体情報が同時に脳へと伝わるわけで、これによって脳は「いま全身がどういう状態にあるか」を瞬時に理解し、体を動かすための適切な情報を送ることができるようになります。

 

 この「伸び」について、「理想的な伸び」というものを考えるとすれば、それが全身の全ての組織が「均等に伸ばされている状態」といえます。筋肉が均等に伸びるのはもちろんのこと、全ての関節が伸びによって均等に開いている状態です。もちろん普通は誰もこんなことは出来ません。ただ、これを訓練に活かすことは可能です。全身では情報が多すぎて脳が対応できないので、対象は身体機能で最も重要な役割を果たす「左足」とします。まずは左足を思いっきり伸ばして下さい(足先にあるものを触るつもりで)。まずはそこで「完全に伸びきった」という感覚が得られるまで続けます。ただ、これだけでは「伸び」ではありません。伸びの本質は全身を均等に伸ばすことにあります。これは「球体が広がるように伸びる」という意味なので、次に足先の五趾を根元から開く動きを加えます。足を伸ばすことに意識を向けすぎると開きが弱くなってしまうので、その力の配分を調整しながら「キレイに広がる」といった感覚の得られる状態を探します。

 

 これを続けていれば、最初は「筋肉の引き連れ」が次第に均一化して均等に伸びる感覚になっていきます。こうなると次に出てくる感覚は「関節の引っ掛かり」であり、足部を構成する多くの骨が、いかに動かないか(感覚が乏しいか)がよく分かるようになってきます。筋肉に比べて骨を動かし、機能(感覚)を正常化するのは時間のかかる作業ですが、「骨を伸ばす」という感覚まで得られてくれば、あとは足拇から中足骨、足根骨、脛骨・腓骨と、順に均等に伸ばしていきます(この段階では開いていくという感覚)。この時、うまく伸ばせるようになった部位(骨)については、感覚が正常化しているので「使える」ようになっています。実際にはこの作業は「全身を使って左足を伸ばす」というものなので、途中に全身のあちこちの引っ掛かりが出てくることになるのですが、それも含めて、とにかく左足全部がキレイに開くまで続けます(骨盤部や胸郭かなどの体幹からも伸ばせるようにする)。これで左足で「伸びきった」という感覚が得られれば、同じことを右足にも行っていきます。この「伸び」は、全ての組織が均等に動かない限り正しく実現できないことに意味があるわけで、いわば「動かない(使えない)」ことを許さない強制的な動作を強いているということです。だからこそ本来は動かせない部位の機能を正常化することができるのです。