体を中心からほどく

 

 体を末端からほどくことが難しい場合や、それだけではうまくほどけないような場合は、体をほどくための対象を「中心(脊椎)」へと変えていきます。体の緊張というのは交感神経の働き次第で無制限に強めることが可能というわけではありません。もちろん神経の昂りや筋肉の構造的な限界もありますが、それ以前に「筋肉が収縮できる限界」というのは「体の機能が壊れない範囲」に限定されます。そしてこの場合の「体の機能」というのは主に関節構造を意味します。筋肉の緊張は関節にさまざまな負担をかけますが、それが関節の機能を損なってしまえば日常生活に支障が生じます。関節の側でどれだけの安定度があるか(どれだけ強い緊張に耐えられる状態になっているか)が、筋肉の緊張できる上限となります。

 

 全身の緊張度の上限を決めるための「核」となるのは脊柱です。どんな緊張もそれが脊柱の機能を損なうまでに達してしまえば身体機能そのものが破綻してしまうからです。全身を強く緊張させるためには、脊柱を相応の緊張によって保護する必要があり、そこでは脊柱そのものの安定度も強く保たれることになります。この脊柱に関する緊張は、弓矢の「弓」に例えることができます。脊柱が弓であるとして、弓に弦を張る時、その弦は「弓が折れない程度」の張力に抑えなければいけません。この「弦」が筋肉の張力に相当するわけで、日常の中では脊柱の構造上の強度を越えて緊張が起こることはありえません。

 

 しかし、脊柱というのは本来、その一つ一つが自由な動きを有している脊椎の集合体であり、弓としてはそれほどの強度を持たないものです。これが「弓」として成立するためには交感神経の過剰な働きによって脊椎ごとの緊張による結びつきが強固になっている必要があります。この状態が強まると、脊椎個々の柔軟な動きは失われるものの、脊柱そのものには相応の柔軟性がある「弓」が成立することになり、その強度に応じて周囲の筋肉も強く緊張することができるようになります(自律神経の働きが乱れている人ほどこの傾向が強い)。そして脊椎そのものの緊張度が強くなればなるほど、全身もそれに応じて強い緊張状態を保持できるようになります。

 

 これを逆に考えると、脊柱の弓としての強度を意図的に下げてしまえば、全身で可能となる緊張はずっと小さなものになるということです。その方法は単純で、過剰になっている「脊椎個々の結びつき」を、脊椎単体に本来の柔軟性を取り戻させることで弱めてしまうという方法です。簡単に言えば「弓の一部を柔らかくしてしまえばいい」ということで、それだけで脊柱一帯で可能となる筋肉の緊張の上限は著しく低いものとなります。実際の施術では主に「下部胸椎」をその対象とするのですが、本来は最も強固な脊椎間の結びつきを持つ下部胸椎に対して、脊椎個々の柔軟性を回復させることは、脊柱そのものの強度を著しく下げることになるので、結果的に「全身の緊張をほどく」ことが容易になります。下部胸椎を主対象とすることは、脊柱を「腰椎側と胸椎・頸椎側で分断する」という意味もあります。この分断ができれば、脊柱全体の緊張が弱まるため、他の脊椎への施術がずっと容易になります。