施術対象を選ぶ

 

 施術者なら誰しも、施術を「勝負」と置き換えたなら「この人には勝てる気がない(治せる気がしない)」ということはよくあると思います。そもそも、人と人が対峙すれば、そこには無条件に「どちらが上か?」といった優位性が生まれやすいものですが、基本的に施術者は自分に有利な場所(自分の治療院)にいるので、優位には立ちやすいものです。しかし、相手が圧倒的に「強い」人となるとそうはいきません。この「強さ」というのは、一般的な意味での「人間的な強さ(生命力の強さ?)」というのもありますが、「治療院」という例外的な場所では「長年体を煩った人なりの強さ」というのが多いわけで、そもそも長年時間をかけて煩ったものを、限られた時間内に「何とかしろ!」と言われている時点で、施術者というのは相当に不利な立場にあるものです。こうした関係をどうするかは、「何でもこい!」と言えるまでの技術を得るまでは、各人なりの努力で何とかするしかないと思うのですが、相手が優位に立つあまり「施術が効かない」となるのは困ってしまうものです。

 

 これをもう少し一般的な例に置き換えてみると、例えば患者さんがスポーツで理想的に訓練された体を持つ人だったとします。運動能力でも身体感覚でも、施術者側に勝てる要素はありません。少しでもおかしなことをすればすぐに気付かれてしまいます。これも「相手が優位」な状況です。そうした相手に正面切って施術を挑んだところで、ろくな結果にならないのは目に見えてます。では、どうするか? 誰にでも弱い部分というのはあります。これは言い換えれば身体感覚の鈍い部分で、どんなに強い人、どんなに身体感覚の優れた人でも、ギリシア神話の「アキレス」のような弱点を持っているということです。体に不調を抱えて来院しているのですから当然です。全体で見れば自分に不利な状況でも、施術の対象をそうした部分に限定すれば話は変わります。これは「勝てそうな部分を相手にする(施術対象とする)」ということで、自分より上の人に対する施術の基本です。かといって、これは施術者側の事情だけでなく、そうした「弱い部分」がその人の体の全体性を貶めている(その結果として不調になりやすい)わけですから、そこに施術を行うことは重要な意味を持ちます。ただそうした部位というのは、通常の施術では対象にならないような「些細に見える問題」であることが多いので、見落としやすい部分でもあります(範囲としても小さいことが多い)。

 

 それは足根骨の一部であったり、強い筋肉の陰に隠れた一部繊維であったり、特定の臓器であったりと、さまざまですが、そうした部分を見つけさえすれば、まず「勝負(施術)」は成立します。また、そうした部分から体を見ていくと、外見的な強さに惑わされて見えなかった体の不具合や弱さが、よく見えてくるようになります。こうなると、普通の「体の悪い患者さん」と何ら変わりはなくなります。特に「自分より身体感覚が上の相手」には真っ向から勝負をしないことです。自分を力量をよく自覚し、相手が自分より感覚が上だと感じたら、その人の体のうちで、自分でも充分に勝負になる部位を選んで施術を行うよう心掛けて下さい。