体に負担のない施術

 

 体は施術によって如何様にも変化します。まだ不慣れな術者の施術であればそれ相応に、熟達した術者の施術であればその熟達度相応に、また卓越した術者の施術であれば、奇跡的な変化も起こりえます。しかし体の変化には一定のルールがあります。まず「奇跡的」といった例外的な変化を除けば、あらゆる変化は「体自身が対応可能な範囲内で」という上限があります。施術はその最中に起こる変化、またそれが馴染むまでの術後数日の間に起こる変化までを踏まえて「どこまで行ってよいか?」を判断するものですが、これがその上限を超えて行ってしまうと、すぐに効果が消えてしまったり、後で体調が悪化したりします。「一度の施術に対して体が対応できる許容量」が術者にとって行ってよい施術の上限です。これを上回る施術を与えてしまえば、体はそれを受け入れることができず、体の反応を「防御」へと移行します(もちろん熟練者ではそれを分かった上で僅かな負担で大きな変化を引き起こすことは可能です)。

 

 これはパソコンを使っていて「その時点での能力の限界を超えた作業」を行わせた時に「フリーズ」するのと同じで、体は施術による負担の総量が、その限界をこえた時点で全身を緊張させて一切の変化を拒む「防御=固定」の状態となります。これは試しに健康な人に延々と施術を行ってみれば分かりますが、最初のうちは体が順調に反応するものの、ある時点を境に体の反応が著しく鈍り、それ以後は殆ど施術を受けつけない「無反応」のような状態となります(施術の感覚が濁ることでも分かりやすい)。

 

 ただしこれは「体力に余裕がある人」に限った話で、余裕がある人ではそうしたその「固定」も一時的な問題で済みます。しかし体が著しく弱っているような人では、僅かな刺激によってもこうした状態に陥りやすく、またいったん固定状態に入ってしまうと、体力的な余裕のなさからその状態が長期化しやすいものです(状態を改善させるよりは現状維持の方が体力の消耗が少ない)。表面的には大きな変化がないので「悪化」とは見えないものの、長期的に見れば体を著しく弱まらせてしまうため危険です。ですから施術は必ず術後に起こる体の変化までを計算に入れて行います。そのうえで、限られた範囲内でいかに効率よく体を変化させるが重要となります。

 

 施術による体の変化は、それが大きなものであればあるほど、体にかかる負担も大きくなります。例えば術後に劇的な変化が起こる施術というのは、体が施術後にその「大きな変化」に対していろいろな反応をしなければならないため、体への負担が大きくなります(施術直後は調子がいいものの予後が悪い)。逆に施術による変化を「体に定着しやすい範囲」で留めておくと、術後の実感は少ないのですが、難なく体に定着してくれるため、予後がよくなります(効果が持続しやすい)。

 

 亡師は「術後にすぐ体が治ったと感じるような治療はよくない。術後の実感は僅かだが、日常生活をしているうちに自然と治ってしまったような効かせ方がよい」と、よく言っていました。本人は自然に治ったように感じるので、施術のおかげとは思わない。だから「患者さんに感謝されないような治した方」がいいのだそうです。

 

 施術で使ってよい「患者さんの体力」がどの程度であるか。それはもちろん、患者さんが施術後に急に忙しくなり動き回ることもあり得るので、その体力の上限を十割とすれば、施術で使っていいのは上限八割、理想は六割といったところだと思います。「効果の高い施術」を優先するのではなく、その使える体力の範囲内でより有効な施術を選ぶ。これが大和の考え方です(施術後の効果より結果として治ればよい)。ただ、これに「施術で用いる力の強弱」は関係ありません。強くても負担が少ない施術もあれば、弱くても負担の大きな施術もあります。

 

 こうした考え方に慣れてくると、使える体力がほんの僅かな場合、その僅かな体力を水増しすることも必要になってきます。先に体力を水増しする施術を行い、一定の体力が蓄積されたところで通常の施術に切り替えるのです。ほんとうに体の悪い人では、初回から数回の施術全てが「体力を水増しするための施術」になることも珍しくありません。体力に余裕がありさえすれば、好きな施術を行うことができ、かつそこに危険性も伴わないのですから、患者さんの「施術で使える体力」には常に注意を払って下さい。