主対象は運動器

 

 一般的な手技療法の施術対象は「運動器」であり、体の内部機能(内臓や脳)については、手を出せる範囲が限定されてしまうものです。ただ、体の内部の状態というのは必ず表面の筋肉に反映されているわけで、表面の筋肉等を扱うことによって、間接的に内部機能へと干渉することは可能です。よって運動器への施術はその効果が必ず運動器に限局されてしまうわけではありません。慣れた施術者であれば、両者の関係性を理解しつつ、運動器から効果的に内臓機能などを選択的に整えていくことが出来ます。実際には、仮に特定の内臓に問題があるといっても、その内臓の機能低下が関連する運動器の影響を受けて起こっていることも多いわけで、昔の骨折や捻挫から運動器に一定以上の機能制限が生じ、それが内臓機能に反映されることは少なくなりません(一方の機能異常にもう一方は無関係ではいられない)。また、施術の対象を最初から「運動器と内臓の両方」と幅広くしてしまうと、その機能のバランスを損ないかねないので、最初は施術の対象を運動器に限定していきます。その中で「どの部位の問題を正せばその内臓の機能も整う」といった関係性を掴めるようになってから、その対象を他に移すのが理想だと思います。

 

 主対象を運動器とする理由は、先にも説明した「体の内外の分離」にもあります。そもそも体壁系の機能と内臓系の機能というのは「対等の関係」にあります。人が生きていくためには内臓機能の活性化は必須なわけで、これに対して体壁系機能の活性化とは「移動(活動)」であり、そこには内臓機能の抑制が関わってきます。しかし両者が釣り合う「中間点」はあるわけで、それは先に「野生動物の緩やかな動き」として説明しました。この中間点を基準として「動かなければいけない」時には一時的に交感神経の活性化させ、それが終われば「やすむ」ことで副交感神経を活性化させ、また「中間点」に戻ればいいわけです。この中間点を損なわずに生活している限りは、体は簡単に壊れたりはしません。しかし私たちの生活は交感神経の働きが常に過剰となり、慢性的に副交感神経の活動(内臓機能の活動)を抑制しているため、まずは体壁系=運動器に生じている「著しく強い緊張状態」を機能面・神経面の双方から抑制しない限り「中間点」には至ることが出来ません。つまりは運動器の過剰な緊張を抑制しない限り、内臓機能の正常な機能もあり得ないということです。

 

 先の「支点の解除」によって、運動器の機能を機能面、神経面の双方から整え、交感神経の活動を段階的に抑制していくと、ある段階で体壁系機能と内臓系機能が釣り合う「中間点」となります。これは体壁系が有する横紋筋の緊張度と、内臓系が有する平滑筋の緊張度が一致した結果で、この状態になると双方の機能が理想的に活性化できる状態になるのです。一般的に「横紋筋は強い筋肉」「平滑筋は弱い筋肉」として、双方はそれぞれ役割が違うものだと考えられやすいのですが、横紋筋の緊張を交感神経の抑制を通じて段階的に弱めていき、それが平滑筋の緊張と同じレベルになると、両者の筋肉は互いに調和しつつ機能することが出来るようになります。これは決して簡単なことではありませんが、そこに至らない限り、体の内外の機能が協力しつつ活性化する「自然な状態」とはならないわけで、これが運動器を施術対象とした場合の「とりあえずの最終目標」となります。