対象を掴まえる

 

 施術において「手技を正確に行う」ことは重要ですが、それだけでは充分な効果を得ることはできません。施術というのは「体のあり方」と「意識のあり方」の双方が伴って初めて理想的な効果に繋がるもので、意識の部分を抜きにして語ることができないものです。とはいえ「意識」という言葉から可能なことは非常に幅広い内容となってしまうので、ここでは最も基本的な部分に限定しておきます。それが「対象を捕まえる」ということで、手指が対象を捕まえるのと同じように、意識でもその対象を捕まえるということです。例えばある支点を手指でしっかりと捕まえたとします。この時、受け手にも「捕まっている」という印象があるかどうかは重要な要素で、受け手にその感覚があれば効果は増大しますが、その感覚がなければあまり効果は期待できなくなります。

 

 支点というのは全身にとって機能的に重要な意味を持つ緊張です。重要であればこそ、そこには「強い意識」も伴っているものです。だからこそ、強い支点に施術を行うと「強い抵抗反応」が起こるのです。これを施術者が「意識によって捕まえる」ということは、支点に関する主導権を「施術者に奪われる」ということを意味します。つまり「捕まえた状態」では施術において施術者側が優位となり、「そうでない状態」では受け手側が優位になるということです。例えば施術をしていて人により「しっくりくる」「しっくりこない」という違いは誰にでもあると思います。全てが噛み合ったようにうまくできる人もいれば、何をやっても噛み合わない人がいるものです。これには「相性」などいろんな要素がありますが、そこで起こっていることは「捕まえているか否か」の違いと言えます。相性が良ければ手指で捕まえると同時に意識でも捕まえやすいのですが、そうでない場合は手指で捕まえることはできても、意識は外されてしまいます。

 

 これはゲームのようなものですが、受け手の体の中で特定の「支点」を決めたら、それを手指でしっかりと捕まえ、さらにそこを凝視して「逃がさない」と強く意識します(しっくりきている状態)。この時点で、うまくできていれば受け手も「捕まっている」という感覚となる筈です。この状態になると、受け手がその捕まっている状態から逃げようとしても、簡単には逃げられません。しかし、ただ手指で支点を捕まえた状態であれば、受け手は「捕まっている状態」から簡単に逃げることができる筈です。意識によって捕まえている状態では、相手の体が動くことで実際に手指が対象を捕まえることができなくなっていても、「捕まえている状態」で意識が固定されている限りは、受け手は逃げられないものです。この意識によって「捕まえる」という感覚は施術の効果を高める必須の要素なので、熟達者では当然の作業となっているものです。

 

 この捕まえるという作業は、施術における「体の反応度」に直接影響するものです。これは受け手側の「体に対する意識の程度」に関係するのですが、施術は「敏感な人」が相手であればその効果も大きくなりやすいのですが、「鈍感な人」では低くなるものです。これは施術という刺激に対して「本人の意識」が反応する程度の違いで、施術というのはその刺激に対して本人の身体感覚がどれだけ集中してくれるかに、よってその効果の大きさが決まります。敏感な人ではその集中度が高いので楽なのですが、鈍感な人では「施術に身体感覚が集中してくれるための工夫」が必要となります。これが「捕まえる」という作業で、同じ施術でも捕まえた状態では対象の組織が活性化しますが、捕まえていない状態ではどんな刺激に対しても体は不活性な状態のままとなってしまうものです。