施術と体の静止

 

 私たちの日常生活では「区切り」というものがあまりないのだと思います。それまでの作業が終わって次の作業に移行する時に、ちゃんとした「切り替え」を行ってから次へ進めれば理想なのですが、そうした切り替えの時間を設けることが出来ないまま次の作業へと進んでしまうものです。これを「ながら(前の作業のことが頭や身体感覚に残し”ながら”次の作業へと入る)としておきます。これは多くの場合「気持ちの切り替え」といった意味となりますが、体にも切り替えはあります。前の作業(動作)の感覚を脳や身体感覚に残したまま次の作業に移行すれば、そこで作業の精度が落ちるのは当然で、これは施術にもそのまま当てはまります。「正しい施術」というのは「前の作業(動作)からの切り替え」なくしては成立しません。

 

 この切り替えというのは至極単純です。いったん体を「静止」させればいいだけです。身体感覚に限っていえば、僅かな時間静止をするだけで、それまでの動作の感覚がリセットされて、新しい感覚にまっさらな状態で望むことができるようになります。この時の仕組みは脳の働きが深く関わるのですが、体は動いている最中では脳は「全身の制御」に忙しい状態です。しかし一時的に体を静止させるだけで前の動きはいったん「終わり」を迎え、かつ脳は全身の状態を瞬時に受け取り、自身の体がどういう状態にあるかを把握することができます。どんな手技(体の動き)もこの瞬間があるか否かによって、次に行われる動きの精度や質が大きく変わるものです。

 

 体の動きに関する脳の処理というのはパソコンに似ています。それは「続けて使えば使うほど能力が落ちる」ということで、よほど自身の体をうまく制御できている「達人」でもない限り、その体の動きは元来「間違いだらけ」なわけで、間違いに間違いを重ねればその精度が落ちるのも当然です(パソコンならバグが連発する状態)。しかしいったん動きを止めることでリセットをかければ、相応の修復は可能となります。これは実際に「体を触れる」ことで試せば明白なのですが、何も考えずに受け手の体を触った場合と(「ながら」の状態)、触る前にいったん体を静止させてから触ったのでは、その動きの精度に明確な違いが生じるので、受け手は前者の感覚を「不快」、後者を「快」と感じるものです。この違いは全ての施術の精度の違いともなるので、施術の合間に「静止を入れるか否か」で効果そのものが大きく変わってしまうことになります。

 

 実際には静止の際に「体が止まった」という感覚(自覚)が必要で、この瞬間に現在の全身の情報が脳に伝わることになります。これが「脳と身体感覚のリセット」となります。施術の合間にいちいち静止をしなくてはならないのは面倒ですし、施術のリズムを重視する人にとっては「余計な作業」と感じられるかもしれません。しかし慣れてくるとこの静止を一瞬で行えるようになりますし、また動きの中でも行うことも可能となります。厳密には必ずしも静止する必要はなく、動作中でも「静止の感覚」が得られればそれでよいのです。実際に慣れた施術者では、流れるような動きの中で無意識にこうした「脳と身体感覚のリセット」を行っているものです(動中の静)。体は一つの動作に次の動作を続けて行うだけで、その動きは明確に乱れてしまうものです。そしてその乱れは受け手の体にも「施術の乱れ」として伝達されてしまうので、「静止によるリセット」は正しく施術を行う上で必須の行為となります。