体の向きと施術

 

 施術時における「施術者の体の向き」というのは施術において重要な意味を持ちます。これは私たちの体は周辺の空間を頼りにその姿勢制御を行っているためです。具体的にはベッドに対して「並行(受け手の体と同じ向き)」か「垂直(受け手の体の方を向く)」であれば、姿勢制御が容易になり、結果的に施術の正確性も増すということです。ここでは体の向きの基準を「胸部と頭部の向き」としておきますが、この向きが上記の方向と一致していると、脳がその空間の中で自身の位置感覚を明瞭に掴みやすくなるのです。これは施術以外でも同じで、私たちは無意識に周囲の壁や配置物などを頼りに自身の位置感覚と姿勢制御を行っているものです(逆に全てが歪んだような部屋にいるとうまく動けなくなってしまう)。

 

 しかし体の向きをある基準面に対して「平行か垂直」でしか身を置くことができなければ、当然そこで行うことのできる動きも限られてしまいます。実際には少々の「向きのズレ」というのは問題にならないようになっていて、それは平行と垂直、それぞれの面を「意識」できる範囲で許容されます。これは実際にやってみれば分かることですが、まず壁に対して正面を向き、少しずつ左右どちらかに体の向きを変えていきます。多少角度を変えた程度では、まだ「正面」を意識できますが、角度が大きくなるにつれ「正面」の感覚は薄まり、どこかで消えてしまう筈です。この許容範囲となる角度には個人差がありますが、大抵は30度程度が限界だと思います(これはあくまでそうした感覚に秀でた人・慣れている人の数字で通常は20度程度だと思います)。

 

 これが意味することは、患者さんが寝ているベッドの向きに対して、平行から30度、垂直から30度の範囲が「安定して施術を行える角度」であるということです。平行から垂直までの角度が90度ですから、両者の中間となる「残り30度」については、体の制御がうまく働きにくい「施術に適さない角度」であるといえます。これは脳の機能の問題で、体は周囲の構造物に体の向きを合わせている限り、自身の体の位置をその空間の中で特定しやすくなることと、壁やベッドなどの構造物が「基準面」や「基準線」となることで、自身の体の動きを制御しやすくなるためです。この場合、施術以前に行われる「空間認識」や「姿勢制御」に関わる脳への負担は小さくなるので、脳の機能に余裕ができることから施術がやりやすくなるわけです。これがこうした基準を用いない場合や、基準がない場合では脳への負担が大きくなり、施術に関わる脳のさまざまな処理が不十分になりやすいのです。

 

 例外としては「腕の施術」などの場合、腕をベッドの横に出して行うことが多いものですが、この場合は基準が「腕の向き」となるので、必ずしも壁やベッドに合わせることが有利に働くとは限りません。例えば腕がベッドに対して45度の角度になっている場合は、壁やベッドの向きは使えなくなるので、腕の向きを基準として施術を行うことになります。ただこうした場合も、本来は自身が壁やベッドの面を意識できる範囲内で施術可能な範囲に腕を置き、壁やベッドの「面」を感じつつ行う方が効果は高まりやすいものです(腕を唯一の基準として行う方法では体がそれほど安定しない)。最初のうちは体の向きを室内のどこかと一度しっかり合わせ、その感覚を残しつつ動ける範囲で施術を行うのが基本だと思います。これは施術に限らず、勉強などでも「周囲の面と合っていない」というだけで、脳の処理能力は落ちてしまうものです。