刺激の方向と効果

 

 押圧による刺激はその「方向」が重要な意味を持ちます。まず筋肉に対して刺激を加える場合、その筋肉が関わる関節の動きと同じ方向(屈曲・伸展の動きと同じ方向)から刺激を加えると、強い抵抗を受けやすいものです。抵抗というのはその刺激の力=ベクトルに対するものなので、筋肉自身の運動方向と同じ刺激であれば強い収縮による抵抗を行いやすいということです。これに対して運動方向に直角となる「真横からの刺激」では、その抵抗もある程度弱まります。筋肉はその左右両端の緊張を操作することで横方向の動きに対しても抵抗の緊張を行うことはできますが、その力はずっと弱いものになるからです。そして体の抵抗がほとんど不可能になるのは両者の中間である「斜め45度からの刺激」です。

 

 これは体の動きが三軸であることと関係しますが、単純には「運動方向と同じ刺激」には屈曲・伸展に働く筋群が強く抵抗でき、「真横からの刺激」には側曲に働く筋群が抵抗できるのですが、「斜め45度」というのはその方向に対応する筋肉が存在しないということです。これは筋肉単体に対する刺激でも、体そのものに対する刺激でも同じことです。これは「体の動きの範囲外から行う施術」となるので、他の方向から行う施術よりもずっと簡単に目的の効果を得ることができます。これが分かりやすいの「脊椎への施術」で、脊椎に対して真っすぐの刺激(屈曲・伸展と同じ運動方向)を加えると筋肉の強い抵抗にあうのですが、真横から刺激を加えるとその抵抗は弱くなり、斜め45度から刺激を加えるとほとんど抵抗は受けなくなります。

 

 厳密にいうと「斜め45度」というのは一つの目安です。人によって「得意な動き」というのは異なるため、斜め45度でも強い抵抗にあうことはあります。重要なのは「その人(部位)が苦手とする運動方向」を見極めることであり、そうした方向から施術を行うことで効率はよくなります。ただしこれにも欠点はあります。対象の運動方向と同じ刺激というのは、強い抵抗にあいやすいものの、施術の刺激やそれによって起こる種々の反応は脳にとって「学習しやすいもの」と言えます。運動方向に関する刺激については神経連絡が発達しているわけで(つまり敏感)、そこで起こった変化というのは即座に脳が学習するため、施術後の違和感も少なくなるのです、これに対して「体が苦手とする方向」といった種の刺激は、筋肉や脳にとって感知しにくいものであるため即座の学習は行われず、術後に違和感が強く、次第に慣れても貰うしかありません。

 

 実際には双方の施術を状況に応じて使い分けることに意味があります。これは一つの例ですが、脊椎(ここでは脊椎を支持している微細な筋群)を対象とするのなら、まず「体が苦手とする方向」の刺激を用いることで大まかな不要な緊張を消し去り、次に運動方向と同じ刺激を加えるというのは効率のよい方法です。前半の刺激で脊椎全体を弛めることはできても、それは体にとって違和感の強い「不安定な状態」なので、そこから運動方向と同じ刺激を加えていくことで、それまで行われなかった分まで「学習」をさせていくことができるのです。整理すると刺激の方向には「体が抵抗しにくいが不安定になりやすい方向」と「体の抵抗は強いが学習機能が高く安定しやすい方向」という二種類の方向があるということです。この中間に位置するような「曖昧な刺激」は用いず、常に「明確な目的意識」を持って刺激の方向を特定することが重要であると考えるのです。