体の歪みの種別

 

 体の歪みというのは人ぞれぞれですが、その歪みにも「段階」があると考えればそこにある程度の区分を設けることはできます。先に説明した「保護姿位」が体の緊張による歪み形の最も基本的な形(一次的な体の歪み)であるとして、ここでその延長上に現れる体の歪みについて説明していきます。まず「保護姿位」で生じる体の歪みは全身の各部位を「閉じる」動きです。これは「締める」と言い換えても構いません。当然、全身を締める状態というのは窮屈なわけで、これが一定以上に強まると体の動きに支障をきたしてしまいます(通常は全身が締まっているように見えてもどこかに「力を逃がす微調整としての動き」が存在しているものです)。そこで「緊張は持続したいが体も自由に動かしたい」といった場合には、体は保護姿位の動きと「異なる動き(二次的な歪み)」を新たに作り出すことで対応します。

 

 「二次的な歪み」というのは、一次的な歪みが強まることで日常動作に不具合が生じると、特定の関節だけを全身の連繋から逸脱させ、そこに独立した動きを設けるというものです。例えば一次的な歪みの強まりから「右腕がうまく上がらない」といった場合、それでも上げざるを得ない状態となれば、体は右の肩関節を全身の連繋から切り離し、自由に動けるようにすることができます。ただし、この時点で右の肩関節(上肢に関わる一切の動き)は、体幹の強い筋肉群の力を借りることができなくなり、腕力のみに頼った「力んだ動き」しか行えなくなります(代償作用としての動き)。ただし、この動きを作り出すために、それまでの連繋は失われてしまいます。一次的な歪みというのは、そこでいくら歪みがあっても各部位が協力して動く「連繋」は正しく保たれています。これは「いくら歪んでいるように見えても機能的に大きな問題はない」ということで、いわゆる「農家のお爺さん・お婆さんが猫背なのに元気」といったことと同じ理屈です。しかし二次的な歪みになると、体には様々な機能的な不具合が生じやすくなります。

 

 この二次的な歪みというのは不自然かつ体に無理の多い動きなので疲労が蓄積しやすく、すぐに機能的な限界に達しやすいものです。その機能的な限界を補うために次に現れるのが、これを「庇う」ために起こる「三次的な歪み」です。二次的な歪みというのは動きの制限が強くなっている部位で起こる「独立した動き」であり、あくまで局部的な歪みと捉えることができるものですが(他の全身への影響度は低い)、体のあちこちでこうした二次的な歪みが増えると、体を動かす仕組みそのものが複雑になり、収拾がつかなくなってしまいます。こうなると、体はチグハグになった体の動きに対して「全身的な修正」を加える必要があります。これは「やむを得ず行う帳尻合わせ」のようなもので、全身に新たな複雑な歪みが加わることになります(厄介な患者さんというのは大抵この段階にいます)。これまでの一次・二次的な歪みというのは、その歪みに一定のルールがあり、判別も容易なのですが、この三次的な歪みになると「個々の体の事情」から、それがどういう歪みであるか判別しにくく、体への負担も大きい上に、一度不調になってしまうとなかなか治りません。にくくなります。

 

 これに加えて「四次的な歪み」というものも考えることができます。これが特に厄介で、三次的な歪みで疲労が著しく増大していくと、疲労の限界に達した体のあちこちはもはや「動くこと」ができなくなります。これは「実際に動かなくなる」という意味ではなく、その部位を使うことに伴う負担が大きくなると、脳はその部位を「固める」ことでその負担を軽減させようとします。動かしにくい部位を無理に動かすよりは、そこは固めることで同部位の情報管理を単純化し、他の部位に補わせた方が脳にとっては管理がしやすいのです。つまり四次的な歪みというのは、脳の側である部位に「固める」という判断を下したことから起こる代償性の歪みです。こうした部位は、脳の「固める」という命令が解除されない限りはいくら施術しても機能は改善しません。そしてこれは重篤な愁訴や疾病には必ずつきまとう問題です。ここに説明した体の歪みは、それが「一次・二次」の段階であれば、やすむことで回復が望めます。しかし「三次・四次」となると、なかなか自然回復は望めなくなります。