背中の痛み

 

 背中の痛みというのはその範囲が広いために、どこが痛いかによってその原因もいろいろとなってしまうものですが、ここではそれらを大まかに分類して説明していきます。まず背中の痛みや違和感の基本は、そのほとんどを「内臓反射の問題」に置き換えていいと思います。内臓反射という言葉を使うと、どの臓器の異常はどこに現れる、などと限定的になってしまうのですが、ここはもっと大雑把に考えていきます。

 

 臓器の異常が表面(運動器)の機能異常として現れやすいのは(というより整理して考えやすいのは)、「小腸/大腸」「腎臓」「胃」「肝臓」「肺」「心臓」です。このうち「小腸と大腸」は主に腰部の機能異常に現れるものとして、ここでは除外しておきます(実際にはいろんな場所に強い影響力を持つのですが、話を単純化するため除外します)。小腸と大腸が「下腹部」を担当するとして、残る臓器は大まかに腎臓が「中腹部」、胃と肝臓が「上腹部」、肺と心臓が「胸部」を担当します。まずはこれで背部のどの部位の異常に、どの臓器が関係しているかを整理できます。

 

 前述の臓器はそのどれも、その大きさと機能の重要性から体に対する影響力が非常に強い臓器であり、どれか一つがうまく動かなくなるだけでも大きな問題に発展しやすいものです。これ以外の臓器でも、もちろん大きな問題は起こりやすいのですが、まずは前述の臓器を基準に考えることで整理がしやすくなるため、それ以外の臓器の問題は前述の臓器の問題を解消して、なお問題が残る場合に疑うものとして、臓器の問題の序列を設けます。

 

 そもそも体(運動器)は内臓に逆らうことができません。 これは背部の不調に限った話ではありませんが、体の運動機能の不調は、それがケガなど明確な理由がない場合、必ずその背景に内臓機能の問題があると考える方が自然です。そもそも運動器(骨格)の役割は「体を動かすこと」より先に「内臓を保護すること」にあります。運動器は内臓の機能に何らかの異常が生じれば、まずその異常を庇うことを前提としてしか動くことができません。これは例えば「胃痙攣」を起こしている人が体を伸ばすことができないように、内臓を庇いつつ動くことで、内臓の機能(生命維持の機能)を守っているわけです。仮に内臓の状態を無視して運動器が動いてしまえば、運動器の強い横紋筋の働きに内臓の平滑筋の働きが負けてしまい、内臓などはすぐに壊れてしまいます。

 

 背中の痛みには必ず筋肉の局部的な強い緊張が関与しているものですが、そのほとんどは姿勢と関係なく安定した緊張状態を保っています(姿勢を変えても緊張が変わらない)。これはよく「運動器の問題なら姿勢によって愁訴が変化する」「内臓の問題なら姿勢を変えても愁訴は変化しない」と知られていることと同じです。そして、内臓起因の緊張は施術によって直接弛めようとしてもなかなか弛んでくれません。しかし当該の臓器の機能異常を改善すると、自然に深部から弛んでいくものです。その緊張が内臓保護という理由から起こっているのであれば、その筋肉の緊張は内臓の状態が改善されない限りは「必須の緊張」です。脳から常に「緊張しろ」と命令されているものをいくら弛めたところで、命令自体が解除されない限りは弛むわけもないのです。その命令の解除とは、もちろん内臓機能の回復です。

 

 

 背中の痛みを内臓の問題とは別に「脊椎」に眼を向けてみると、事情は少し変わります。脊椎の機能異常も内臓に強い影響を受けてはいるのですが、脊椎そのものの柔軟性は内臓の機能よりも自律神経の影響を強く受けます。これは単純に交感神経の活動亢進と考えて貰えばいいのですが、交感神経の活動亢進によって全身が緊張できるのは、それがまず脊椎で強く作用するためです。

 

 脊椎は体の「柱」です。これはテントの支柱と同じに考えて欲しいのですが、テントの支柱はそれが強く丈夫なものであればあるほど、テントも強く張ることができます。支柱が弱ければ、テントを強く張ってもすぐ壊れてしまいます。体が交感神経の活動亢進によってどれだけ強く緊張できるかは、支柱である脊椎(脊柱)の強度によって決まります。そのため、交感神経の活動亢進は、まず脊椎を支える筋肉群に強い緊張の命令として伝わり、脊椎全体が強固に締まり安定することで、この支柱の強度を頼りに全身が安定して緊張することができるようになります。仮に脊椎がうまく安定しない状態で、他がその強度以上に緊張してしまえば、体はその形状を保てなくなってしまうので、どの部位であれ、体の緊張度というのは脊椎の安定度という上限を超えて起こることはありません。

 

 これは背中の痛みの大きな要因となる脊椎周囲の筋群の緊張状態が、自律神経の活動によって左右されているということで、この場合も「緊張している筋肉を弛める」ことに大きな意味はありません。自律神経レベルで「必要な緊張」が決まっている限り、いくら施術で筋肉を弛めようとしても、自律神経そのものの活動を変化させない限りは、弛めた傍からまた緊張していくからです。

 

 ただし、こうした状態では脊椎に「椎骨相互が密接に緊張で連繋する」というバランスが成立しています。これは脊椎個々が自身の自由な動きよりも、近隣の椎骨との協同の動きを優先するということです(各椎骨が互いの動きを制限している状態)。脊椎は本来、各椎骨が自由な動きを有し、その上で互いが連繋し、全体として柔軟な脊椎となることが理想です。しかし、交感神経の活動亢進によって脊椎が強い緊張に長期間晒されると、これは「強く張ったテント」と同じ状態になるので、椎骨は迂闊に動くことができません。そうした環境で椎骨に求められるのは「自由な動き」ではなく「動きを制限して脊椎全体の安定度を維持すること」です。椎骨がこうした動きに慣れてしまうと、交感神経の活動が抑制されても椎骨はその動きを制限し続け、逆にいつでも交感神経の活動亢進を呼び起こせる「緊張しやすい脊椎」となってしまいます。こうなると自律神経の調整だけの問題では済まなくなります(こうした場合に大和整體では敢えて脊椎の強度を落とす施術を行い、体・脊椎が一定以上に緊張できないようにします)。

 

 こうした自律神経による脊椎への強い緊張は、当然内臓機能の低下とも直接関わっています。交感神経の活動亢進が内臓の機能を低下させることで、内臓の緊張→内臓保護のための運動器の緊張(脊椎周囲筋の緊張)が起こり、脊椎には一次的な「交感神経の活動亢進による緊張」と、二次的な「内臓保護のための緊張」という二つの緊張が混在することになります。これに「脊椎の緊張の長期化による構造的な問題(椎骨個々の柔軟性の低下)」という三次的な問題が加わることになります。ただ、こうした条件が揃ってしまうと、逆に背部はその全体が均一に緊張してバランスがとれてしまうため、逆に痛みなどの愁訴は出にくくなります。どちらかと言えば、脊椎の強度が低い状態で内臓機能に異常が生じている場合の方が、局部的な強い緊張が起こりやすいために痛みが出やすいものです。

 

 厄介なのが、前述の全ての要素が揃った上で、背部全体が緊張による安定状態にあった体が、その緊張の限界に達して愁訴にいたるケースです(限界に達したどこか一部だけバランスが崩れてしまう)。脊椎自体は強い強度を保ったまま、その上でどこかバランスの崩れた一部に極度に強い緊張(スパズム)が生じているような場合では、当然患部への施術は意味をなしませんし、自律神経の活動を抑制したところであまり効果は期待できません。たいていこうした場合の「バランスを崩している要因」は内臓機能なのですが、こうした状況では内臓全体で機能低下が起こっていることが前提なので、当該の臓器のみ回復を図ろうとしても無理があります(内臓前提の機能低下が一定のレベルを越えて、特定の臓器の機能が破綻した状態)。この場合は、少し遠回りな施術になりますが、脊椎か内臓のいずれかの機能を地道に回復させ、交感神経の活動が抑制されやすい状況を作ってから、その活動を抑えて「緊張の命令そのもの」を消し去り、その上で当該の問題(痛みの部位または関連の臓器の機能異常)にあたるしかないと思います。