肩の痛み

 

 肩関節は肩鎖関節と肩甲胸郭関節、肩甲上腕関節の三つから成り立っていますが、一般の人にとって「肩関節」といえば、それはほとんどが「肩甲上腕関節」を意味していると思います。三つの関節のうち、最も動きが大きく、その存在を実感しやすい関節です。しかし実際の肩関節の動きは、その動きを肩甲上腕関節ばかりに頼るものではなく、あくまで三つの関節の協力によって成立するものです。

 

 肩の痛みはこの肩甲上腕関節もしくはその周辺に起こりやすいものですが、その理由はこの関節の幅広い自由度にあります。これは体の痛みについて私がよく用いる説明ですが、「体はどこかがさぼると代わりにどこかが無理をしなければならない」。これは、ある関節が痛むということは本来、その関節と協力して働くべき周囲の関節が正常に動かず、そのために当該の関節に過剰な負荷がかかるためということです。肩関節の場合なら、周囲の関節とは肩鎖関節、肩甲胸郭関節、加えて肘関節となります。ここでは話を肩鎖関節、肩甲胸郭関節に絞るとして、この二つが上腕骨の補助に働けば肩甲上腕関節の負担は軽減されるのですが、逆にその動きが低下すれば肩甲上腕関節の負担は飛躍的に増大します。

 

 そもそも肩甲上腕関節は強い関節ではありません。球関節という構造上、動きの自由度が大きく、その支持の多くを靭帯に頼る構造は極めて弱いといえます。これを補うために存在するのが鎖骨と肩甲骨であり、肩関節の動きは実質的な可動範囲を肩甲上腕関節に頼るとしても、その動きは常に鎖骨と肩甲骨が優先的に動く(一次的な動き)ことによって、肩甲上腕関節はあくまで二次的な動きを行えば済むようになっています(肩甲骨が上肢の動きに優先的に反応することで、肩甲上腕関節ではその内部の張力が常に一定に保たれる)。しかし肩甲胸郭関節が正常な動きを失えば(三つの関節による正常な連繋を失えば)、肩甲上腕関節の関節窩はほぼ胸郭上で固定されることになってしまい、過剰に動かなければならない肩甲上腕関節では不要な遊びが多く生じることになります。こうしたことから関節構造が不安定になると、それを補うために周囲筋では強い緊張が必須となり、その結果として痛みが生じやすくなります。

 

 肩甲胸郭関節がその正常な動きを失う要因は胸郭の動きにあります。これは胸郭というよりは内部の「呼吸器」の問題が胸郭に反映されやすいのですが、緊張によって呼吸が抑制されると、それは胸郭上部に強く反映されます(主に五番より上)。体に何らかの不調を抱えている人なら、たいていはこの胸郭上部に強い緊張が生じて正常に機能しなくなっているので、肩鎖関節と肩甲胸郭関節はこの影響を強く受けて極度に動きが低下します。順序としては、まず鎖骨がその動きを失い、次いで肩甲骨の動きが失われます。

 

 これは単純な運動機能の問題ではないのですが、胸郭・上肢の運動機能(体壁系の機能)と肺の呼吸機能(内臓系の機能)を分離させる役割を持つ鎖骨が正常に動いている限りは、肩関節の三つの関節はほぼ正しい連繋を保つことができます。しかし鎖骨がその動きを失うと、両者の機能が正しく分離されなくなることから、結果的に運動器の強い緊張に内臓が引っ張られる形で呼吸機能が低下し、特に胸郭上部が強い緊張状態に陥ります。つまり緊張による呼吸機能の低下(もしくは後に説明する上肢の緊張の影響)から鎖骨の動きが低下し、それが一定以上に達すると両者の分離ができなくなることから一気に胸郭(特に上部)の緊張が強まり、その結果として鎖骨と肩甲骨は動けなくなってしまうということです。

 

 本来、鎖骨と肩甲骨は胸郭の動きから独立して上肢を補助するパーツとして働くものです。これによって大きなパーツである胸郭に対して、弱い上腕骨は鎖骨と肩甲骨の補助を借りることで比較的対等といえる関係を保っているのですが、呼吸機能が低下すると鎖骨と肩甲骨は、上肢側のパーツではなく胸郭側のパーツとなってしまいます。これによって鎖骨と肩甲骨を含めた胸郭に対して上腕骨が接するというアンバランスが生じることになります(上腕骨を動かす筋肉群の負担が飛躍的に増大する)。

 

 

 これまでの説明は、肩関節の機能異常を「胸郭側」から説明したものです。これに対して「上肢側」の問題はより深刻に働きます。私たちの精神的な緊張が体に強く反映される部位で、それが表面で顕著なのは肘関節より先の前腕部です。肘関節より先の部位は脳の状態がよく反映されているといわれますが、これは脳の緊張とイコールといえるほど密接な関係を持ちます。つまり一定の緊張を有している人なら誰しも、肘から先に強い緊張を有しているということです。問題はこの緊張が「強い捻れ」を引き起こすことです。誰しも肘から指先までの部位にはひどい捻れを持っています。それを自覚せずに済むのは、そうした部位で代償作用としての逆の捻れが多く存在し、打ち消しているためです。試しに指に三つある指骨のそれぞれを捻って、どちらに回りやすいかを確認すれば、それぞれが反対の捻れで打ち消し合っているのが分かります。一見まっすぐに見える肘から先は、捻れの塊のようなものです(足部は接地するために捻れに限りがあるが手部にはそれがない)。

 

 こうした捻れは打ち消し合っているといっても、それは見た目のことであり、実際には内部に強い大きな捻れを有しています。しかし肘関節は膝関節と同じく、捻れに対応できない関節なので、この前腕を含む手部の捻れが伝わり、発現する場所は肘関節を越えた肩関節となります。ここでは手部の捻れを簡単に手関節の捻れと考えて貰って構いませんが、手関節の捻れはそのまま肩関節へと伝わり、肩甲上腕関節を捻る強い力となります。この力も結果的に肩甲骨を介して鎖骨の動き、ひいては上部胸郭の動きを抑制するものとなるので、前述の「呼吸機能が低下」は体幹側からも上肢側からも起こりうると考えます(双方が関連し合いながら強固な緊張が成立する)。どちらか優位で起こるにせよ、その負担が肩甲上腕関節に集中することに変わりはありません。

 

 大和整體では、体の捻れは「末端で最も強まる」と考えますが、僅かな体の捻れもそれが末端になるほど強くなっているものです(末端=足部/手部/頭部)。こうした末端で捻れの強い状態が持続すると、捻れを抱えたなりの手の使い方=「癖」がついてしまうため、いったん癖の中に取り込まれてしまった捻れはそこで定着してしまいます(手で細かい作業や特殊な作業を行う人ほど癖がつきやすい)。こうなると日常生活では「複雑に捻れた手をぶら下げている」というだけで、肩はこりますし、肩関節(肩甲上腕関節)の動きは極めて不自然なものとなってしまいます(それでも肩関節周囲の不調の原因が手部にあるとは気付かない)。加えて、手部の問題で厄介なのは、末端の強い緊張=締まりが身体内部の「力の流れ」を遮ってしまうことです。

 

 もともと体は自身を動かす時、そこで生じる圧力を効率よく外へ逃がす仕組みを持っています。つまり肩の動きならそこで生じた圧力は上肢を通じて外へ逃がされるわけです(当該の関節に圧力が集中しないよう)。しかし、手部に強い緊張が生じると、その逃げ道が塞がれてしまうことになるので、それだけで肩(上肢)の動きは重苦しいものとなります。ただでさえ捻れた不自然な動きによって動作時に強い圧力移動が生じやすくなっているので、上肢側への逃げ場を失った体では、その圧力が体幹側へと移動しやすくなり、その結果として体幹の機能(内臓含む)はより強く抑制され、さらなる肩甲胸郭関節、肩鎖関節の機能低下を招くという悪循環に繋がります。