肚を中心とした動き

 

 頭部を守ることを前提とした体の動きが構築されると、体は頭部を守るために後方へバランスを崩すことを極度に嫌うようになります(バランスを崩す=倒れるなら前へ)。そのため全身に常に「前重心」を保っておく必要があり、これを前提とした姿勢が構築されることになります。これは猫背の理由のひとつでもありますが、不調から体が歪む場合でも、それは必ず前重心を基本として起こるものです。これは本来、全方向への(ある程度の)自由な動きを持っていた体が、その動きを前方に収束させてしまうことに繋がるため、体の動きの大きな制約となります。伸展・外転・外旋といった「開く」種類の動きが抑制され、結果的に屈曲・内転・内旋といった「閉じる」種類の動きが強まることになります。こうした身体機能の偏りはほとんどの人が潜在的に持っているものであり、この仕組みを内在する限り、身体機能の活性化には限りがあります。

 

 こうした動きの偏りを正すためには「頭と体の機能的な分離」を解消する必要があります。簡単には「頭も体の一部」として、体部と同じように頭部を「動き」に協力させるのです。しかし両者の間には「頭部を固めて体部を動かす」という主従関係が成立しているので、これを正すためには「頭部の働きを弱める」か「体の働きを強める」ことで、双方に機能を均一化するしかありません。頭部を固める力が減弱すれば、相対的に体部の自由度が増すので均一化しやすくなりますし、体の働きを強めれば頭部の抑制に打ち勝ちやすくなるため、結果的に頭部影響も減弱し、全身が均一化しやすくなります。ただ、現実的には頭部の働きを弱めるだけでそれを実現することは難しいので、「体の働きを強める」ことによって相対的に「頭部の働きを弱める」のが自然な施術の流れとなります。

 

 この体の働きの中枢に位置するのが「肚」であり、頭部を除いた全身への施術の目的は、この肚が正しく機能することに尽きます。これは運動器を主体とした施術であれば「下半身の機能を高める」と置き換えることもできます(上半身の正しい活動は下半身の安定した活動によって成立する)。肚を中心として体の機能が強まると、相対的に頭で過剰に強まっていた機能が抑制され、両者の関係が対等に近くなっていくものです。最終的には頭部の活動状態と体部の活動状態が均一な状態となり、それが一定期間持続することで、ある瞬間にそれまでの「頭部を守る」という感覚がリセットされます。その結果として、全身が均一に動かせるようになると同時に、内臓系への機能の抑制も大幅に改善されることから、体本来の回復力や治癒力が発現しやすくなります。これは体の機能を整えるために必須の行程であり、本格的に身体機能を整えるための入り口でもあります。