立つということ 1

 

 体が正しく機能出来ているかの指標は「正しく立つ」ということです。ただ「正しく立つ」というのは最終目標でもあるわけですが、ここでは体の機能を「立つ」という観点から考えていきます。「正しく立つ」というのは、体がその構造に適した「バランスのとりやすい位置(姿勢)」を選ぶことで、自然に重力と釣り合いがとれている状態です。もちろんそこに不要な緊張=力みなどは存在しません。実際には「正しい立ち方」は一つではなく、いろいろな面での立ち方があるわけですが(その時の体の状態や用途によって適する立ち方が微妙に異なる)、ここではこの「重力と釣り合いのとれている状態」を「足は地に引っ張られ・頭は天に引っ張られる」といった「天地の感覚」がある状態としておきます(比較的誰でも実感しやすい)。この状態になると、体は「天地(上下)」に引っ張られているような感覚となり、体に重さを感じなくなります。別の言い方をすれば、体の中心軸が正しく真ん中にあるような状態で、全身がその中心軸によって安定して機能するため、そうでない状態に比べて飛躍的に体を軽く感じるのです(バランスの崩れを補うための不要な緊張がない)。

 

 ただ、患者さんの体をいきなりこうした状態にもっていくのは難しいので、そこに至るためには幾つかの段階を経る必要があります。その最初の段階が「体の重みを感じる」です。立つということは、その時の機能的な中心が下半身にあるか、上半身にあるかで意味が全く違います。その中心が下半身にあれば、それは「下半身の安定」を意味するので全身が安定し、結果として上半身あら余計な力が抜けることになります(下半身が充実することで上半身は弛緩する)。これに対して中心が上半身にある場合は、上半身に強い力みが生じるため下半身には力が入らず、全身が不安定な状態となります。また、この不安定な状態でバランスをとるために、腰部や肩は常に緊張していなければなりません(その緊張に応じて下半身はさらに力が入らなくなる悪循環となる)。当然ながらより正しいのは機能的な中心が下半身にある場合で、これは「下半身が安定している」「お腹に力が入る」と同じ意味となります。しかしほとんどの現代人ではこうした下半身による安定が乏しく、その機能的中心が上半身主体で安定してしまっているものです。

 

 この背景にあるのは現代人の運動量の少なさ(歩くことが少ない)といった運動機能の問題もありますが、体よりも頭を使うことが多い現代人の生活が多く反映されています。私たちの体は、何かを考える時には頭に血液の循環を集中させなければいけません。頭に血液を集中させるために体が行うのは、交感神経の活性化に伴って手足や内臓を緊張によって僅かに締めることです。これによって全身の血液を頭部へと集中させることができます。つまり頭が何かを考えている限りは、手足や内臓が常に締まった状態にあるということです(下半身に力が入らなくなる要因)。現代人はその忙しさから、起きていある間中はずっと頭を使っているようなものです。体は本来、立った時には重力に沿って血液が下へ落ちるようになっています。その結果として下半身に血液の流れが集中し、下半身の機能が充実する筈なのですが、頭が強く機能している状態では頭部への血液供給が優先されるため、血液が下半身へと落ちていかなくなります。ちなみに、ここでの「重力に従って血液が下がる状態」は貧血とは意味が違います。貧血というのは交感神経の働きから頭部に一定の血液を供給し続ける筈が、その状態を維持できず急速に血液が下がってしまうことで起こります。