自律神経と身体機能

 

 先に私たち人は、交感神経を過剰に活発化させることで日常生活を送っていると説明しました。それは同時に疲労を蓄積しやすい生活をしているということなのですが、交感神経の過剰な働きはこの疲労を覆い隠すことにも働いています。体の状態を正しく感じるためには毛細血管への血液の充実が必須であり、それを可能にするのは副交感神経の働きです。交感神経優位の場合は緊張により感覚も低下しているので、疲労にも違和感(または軽微な痛みなど)にも鈍感となります。また疲労を感じて「動けない」という時にも、日常的に交感神経が活性化してれば、さらなる活性化によって動くことができます。ただ、体には相応の負担がかかり続けることになるので、どこかでその機能が壊れてしまえば、それまで潜在的に隠されていた疲れが愁訴・疾病として表面化するわけです。とはいえ、ただ交感神経を活性化させて疲れを溜めるというだけなら、それほど厄介ではありません。

 

 問題なのは緊張が招く機能異常です。例えば運動器は筋肉の緊張が強まればそこに捻れなどの歪みが生じるものですし、内臓に機能異常が起これば、それを庇う動きも起こってきます。そしてこうした動きが日常化してしまうと、それがその人にとっての「体の癖(悪癖)」として安定しまい、緊張の有無にかかわらずそうした姿勢・動きを維持しようとしてしまうものです。これが長年続けば、身体機能そのものがその歪んだ体に定着してしまうので、安易に改善すべき対象ではなくなってしまいます。もちろんこうした「無理な動き」は日常生活で必要以上に体力を消耗させ、免疫力を低下させると共に回復力をも低下させます。また体の不自然な癖は、さらなる悪癖を招き、本来は単純であった身体機能をますます複雑化させてしまいます(先の四区分のホ・へ)。ついでに言えば、こうした交感神経優位の状態から生じる身体機能の誤りは、無条件に精神不安の要因となります(逆の「安心」は副交感神経優位の状態で生じる感覚)。つまり残った「ニ」に相当するわけです。

 

 これは、最初は単純に交感神経の過剰な活性化による筋肉の緊張であったものが、時間を経ることで機能的な異常へと変化をしていくということです。つまりは初期段階であれば交感神経の活動が抑制されればそれで体も正しく機能する「可逆性」の問題であったものが、そこに機能異常という「緊張せざるを得ない理由」が生まれることで「不可逆性」の問題へと変化してしまうということです(歪んだ体で生活するために強い緊張を必要とする)。ここから施術の話に戻りますが、施術が筋肉の緊張を対象とする場合、その目的は体を「初期段階の可逆性の状態」へと戻すことにあります。交感神経の過剰な働きによって生じた二次的な「機能的問題」を解消することで、体は条件さえ揃えば自力でも回復できる「可逆性」の状態に戻れるわけです。これでようやく整體の本意である「体の機能を整える」という出発点に立ったことになります。つまりは体の機能を整えることそのものが、交感神経の働きを抑制し、副交感神経を活性化させることに繋がるということです(施術がその目的に沿って正しく行われる限り)。