大和整體の独り言


 

 R01/11/2 … 扉 その二

 もともとは古武術の師の言葉が発端です。「日本は…(いろいろ歴史の話…)でとっくの昔に中国に占領されてるんだ、だから単一民族なんかじゃないんだよ」これがひとつ。

 もうひとつは「日本は大事なことを感覚的に伝えるだけで言葉で残してこなかったが、中国はちゃんと言葉に残して分かるようにしてきたんだ」ということです。

 太極拳を通じていろいろ調べれば調べるほど、確かに中国はちゃんと言葉にしてる。もともとは同じ民族なようなものだし、それが一方でちゃんと言葉に残されているなら、それはそれで有難いことでは? それが理解できたら、その上で中国の文化と日本の文化を区分すればいいんだし…。でもそれって、すごく大変な作業になるわけで、この時点で「ほんとにそこに足を踏み入れていいのか?」と躊躇してしまいます。

 しかしそこは、何事にもタイミングというのがあるわけで、 ちょっとした会話から「それ、大和医学の資料の言葉だよ」というやりとりがあり、久々に大和医学の資料を引っ張り出すことに。大和医学ももとは中医学と同じで、その両者の区分というか、境界が重要なんですが、そこは「よく分からない」という理由から、放っておいたんですよね。なんか変なタイミングでリンクしてしまった。…これは…やっぱり…やれってことか?

 で、現在に至るわけです。

 


 

 R01/11/2 … 扉 その一

 我ながら驚きなのですが、このところ中国思想ブームです。これまで大和整体を背景に「日本古来」のものに拘ってきました。選民主義といった思想はないつもりなのですが、それでも日本という国には他の国々にはない独自の文化や思想があるのは確かなわけで、そこでに重きをおいてきたわけです。昔は体のことを知りたくて琉球空手や合気道をかじりました。そしていま、齢50を越えて、また武術を始めようとなった時にも選んだのは古武術でした。そこで出会った師の話す言葉は非常に魅力的で、その多くは私が整体を通じて見ている身体観を肯定してくれるものであり、またその先を教えてくれるものでした。

 正直なところ、これまでの自分の身体観に似た考えや言葉を他で聞いたことがなく、「本当に正しいのだろうか?」という疑いはあったので、それが(ある一人のヒトに)肯定されただけでもひと安心です。またその先の話というのも私にとっては非常に分かりやすい内容で(多くの人には突飛に聞こえるようですが)、これまでの内容に区切りを迎えたいま、新たに大きな扉が開けた思いでした。

 しかしこの扉が…だいぶ大きいのです。扉が大きいということは、その先に広がっている世界が広いということで、一息ついてみると、どこから手をつけていいのやら、途方にくれてしまいました。昔の人の体や感覚についての資料は乏しく、どこにその手掛かりがあるのやら、見当もつかないわけです。また、それとは別に、古武術を自分の体で実践しようにも、長年動かなかった体です。まして武術から15年以上離れたいまでは、まともに体が動くわけもありません。かといって…いまからまた空手や合気道を再開? なんか気乗りがしません。琉球空手がどうとか、合気道がどうとかではなく、いまさら一般的な武術の「若いヒトに混じってガツガツ」というのが合わない気がするわけで、そこで選んだのは太極拳でした。個人的には「中国製品」にいいイメージがないので、中国モノに手を出すのは抵抗感があったのですが、そこには「老人に人気のある太極拳」「いまから始めれば10年後にはヒーロー?」という不純な動機もありました(笑)。

  最初は教わる場すら定まらずの四苦八苦でしたが、なんやかんやと、気づいたら相応に恵まれた環境にはいるようで、無事に入り口には辿り着いたと思います。そしてそれが同時に、中国思想ブームのきっかけに…。

 


 

R01/11/2 … はじめました

 これまで勉強会の関係で、長らく資料作成を続けてきましたが、ちょうどいまがその「転機」なのだと思います。これまでやってきたことに区切りが付き、同時にこれから覚え、理解しないといけないことも山積み。正直なところ、頭の中は見事なまでにぐちゃぐちゃです(笑)。こういう時はそれを言葉に整理していくのが私なりの整理法なのですが、あまりに私的な内容だし、ブログで公にするほどのものでもなし。そこでこんなページを設けたわけです。整理がついたら消すかもしれませんが、まぁ、初めてみます。